経産省前テントひろば『テント日誌』

経産省前テントひろば『テント日誌』
2016年3月12日 jks47

テント日誌3月11日(金)・12日(土)

経産省前テントひろば1644日

大津地裁の判決がみんなのこころに響いた 3月11日の事から

 

今日は東日本大震災から5年目、追悼のイベントがいろいろ予定されている。
空はどんより曇って真冬の寒さ、時々雨も落ちてきたが本降りにならなくて良
かった。

まず上告人と関係者6人で最高裁へ要望に行く。
裁判所前で少しアピールをした後、一時に入り口近くの部屋に案内された。
書記官が現れて静かに対応してくれた。
淵上さんが要望書を読み上げた後、各自がテントへの思いや裁判についてのお
願いなどを述べた。
書記官は熱心にメモなどを取って聞いてくれこの様子は長官にも伝えてくれるとの事だったが、私たちの思いがちゃんと伝わるか心配だ。
テントに戻ってくると日蓮宗祈祷会の人たちが集まって追悼の祈りの準備をしていた。

祈りは2時間近く続き大勢の人が集まっていた。
5時からは経産省前抗議行動、特別の日なのでたくさんの人が参加して抗議の声
を上げた。途中から小出裕幸さん・木内みどりさんも寄って下さり一団と活気が出て嬉しかった。

第2テントでは暖かい甘酒のサービスなどをしてみんなに喜ばれていた。
テントに来るのは初めての方もたくさん居てこんなに長くテントが続いていることに驚いている。

抗議行動は予定の時間を10分過ぎてやっと終わりみんなで東電前へと移動した。東電前も人があふれて怒りのスピーチや音楽などで盛り上がった。
取材の人も多かったようだ。私は連日の行動に少々疲れたので落合恵子さんの話を聞いてその場を去った。いずれの行動にも「高浜原発停止命令」という大津地裁の判決で勢いづいたように思われた。

死者と向かい合う テント前の祈祷会 3月11日の事から

「3.11鎮魂 呪殺祈祷僧団四十七士」祈祷会が行われた

 

テント前では時ならぬ祈祷会が出現して多くの人が驚いたのかもしれない。通行人もテント前で足をとめ祈祷を眺め聞き入った様子だった。携帯で写真に収める人も少なからずいた。この会は「呪殺祈祷僧侶団四十七士」が3・11の死者の鎮魂のために行ったもの。呪殺とは祈り殺すことではなく、「死者の裁き」を代行するものである。死者の声を代弁し、死者の声を無視し、偽装する人々を裁くことである。死者の声をないがしろにしてなされる悪行が横行する現実に対することにほかならない。

 

3・11ではおびただしい死者が僕らの目の前に出現した。僕はそれをテレビの画面を通してみたのであるが、その衝撃は大変なものだった。何度も繰り返されるテレビの画面に食い入りながら言いしれない気持ちになった。誰しもが経験したことであったに違いない。

 

忙しい日常と過ぎゆく時間の中で、これらは潜在化し、忘れたようなものになってきたが、決して忘れ去ったのではない。下意識のようになっているだけで、何かの折りに思い出すし、また、意識に浮かび上がってくるものだ。死者との関係が濃密であった人は、ひと時も忘れ得なかったものであろう。死者とは震災で直接に命を亡くした人たちだけのことではなく、日常的な生が損なわれ人たちを含み、それは現在も形をかえて存続しているものだ。

 

おびただしい死者たちは、死に遭遇して、声を発することもできない場にはこばれた。それは僕らにとっても関係の喪失である。他者の死は関係の異変である。関係を失わされた人々の無念とその思いを僕らは想像するしかできないが、僕らにとってそれは悲しみとなってあらわれる。これは人間の生の根源をなす、関係の喪失でもあるのだ。この悲しみや絶望は関係を失うところで発生させる人間の根源的な感情であり、心の動きである。それがどんな形であれ人間に避けられないもものなら、僕らはその声すらも発することのできなくなった死者を想像し、彼らを自分のなかによみがえらせることで関係を存続させつづけなければならない。それは、死者を自分のうちに現存在化させることである。死はそのことによる関係の喪失によって人間の生命の根源を失わせることだが、僕らはそれに対して死者の存在や声を再生することでこれに対するしかない。これは死と、死者と隣なりあって生きるほかない僕らの宿命だし、不断にやらざるを得ない所業である。歴史が子供を喪った母の嘆きなら、この子供のことを想像し、それを自己の存在のうちに呼び戻すしかない。それがあらたに悲しみをもたらすものでも、そうするしかないし、人は人知れずにそれをやっている。

 

この祈祷会は3・11の死者への鎮魂のためになされてものであるが、これは彼らの声を無視して悪行を重ねる人たちへの、あるいはその体制への告発でもあった。これは僕らが死者をよみがえらせ、彼らの声を聞くことであり、声を失った彼らに代って声にすることであった。福島泰樹さんや上杉清文さんの祈祷は大変見事なもので、戦死者の声も含めたその声の現前化は僕らのこころをゆすぶった。それに聞き入りながら僕はあらためて死者たちのことを思った。そして祈った。こういう機会に誘っていただいたことに感謝したい気持ちになった。人は関係が喪われる悲しみに生きる。それは人間の生そのものに付随するものだ。それだから新しい生命と関係が生まれることに歓喜もするのだ。僕らは、時に死のことを考えることで、生きてあることを想起すべきなのもそのためである。この会を企画し、やっていただいたみなさんに感謝したい。(三上治)

第二テントの版画のワークショップに多くの人… 3月12日から

今日も底冷えのする寒い一日だった。
5年前東京よりもっと寒い福島で原発事故から逃げ惑った人たちのことを思いながら、コンビニで買ってきた東京新聞を読みつつ座り込んだ。

昨日の追悼式での天皇のお言葉と安倍総理の式辞を読んでその差に愕然とした。
天皇は政治的な発言は出来ないのだろうが、安倍よりもずっと現実を判っているように思える。安倍は原発事故の被災者のことが判っているような物言いだが、だったら再稼働などできるはずはないだろう。

昨日は予測したより多くの方達がテントを訪れて下さったのでKさんが組んでくれたチラシすべてが配られてしまった。
連日の作業で疲れたKさんからの電話を受けてYさんが急遽チラシ組みをしてくれた。その後九州宮崎Uさんからの美味しい和菓子が届いた。
いつもテントのこと思ってくださって本当に感謝です。
彼は宮崎で脱原発運動の中心的な存在として頑張っているようです。
どう考えても原発は使ってはいけないものなのだから反対し続けるしか道はないですね。

午後からは第2テントで版画のワークショップがあり、若い方がたくさん来てくれて盛り上がっていた。
テント初めての方も居て長いこと泊まりこみしていることに驚いていた。
彼らがテントに関わってくれたらよいのにと思う!
泊まりのTさんも早々と来てくれテント前が賑やかになったので3時半頃テントを後にした。(I・K)

3・14講演会:福島を忘れない - 原発は世界中のどこにもいらない!

ルネサンス研究所

日時:3月14日(月)18時30分~21時

会場:文京シビックセンター26階スカイホール

アクセス:JR総武線「水道橋」 三田線・大江戸線「春日駅」

丸の内線・南北線「後楽園駅」

講師:木幡 仁(大熊町仮設住宅自治会会長)

「あきれはてても、頭にきても、あきらめない!」

渕上太郎(経産省前テントひろば共同代表、テント裁判被告)

「福島の怒りを世界に発信するテントひろばの現在」

参加費:800円

主催:ルネサンス研究所

協賛:9条改憲阻止の会、情況出版

問合せ先 090-4592-2845(松田)

 

3・11の福島原発の大事故発生から5年。現地の住民は今なお過酷な状況におかれたままである。にもかかわらず、安倍政権と電力会社・原発企業は、国民の大多数の意思を無視し、何事もなかったかのように原発再稼働・原発輸出を押し進めている。こうした状況の中で、福島とテントひろばの持続するたたかいの現状報告を受け、世界の原発廃棄に向けて、新たな共同の輪を広げよう。

★3月17日(木)大間原発いらない!スタンディングデモ

(12時~13時)銀座・電源開発本社前