表白文記録

《2015年 8月27日》

《2015年8月27日 呪殺祈祷会 表白文》

仏滅後二千二百余年が間、一閻浮提未曾有の大曼陀羅。南無久遠実成大恩教主釈迦牟尼世尊、證明法華の多宝如来、十方分身三世諸仏、南無本化上行無辺行浄行安立行等の本化地湧の諸大菩薩、梵天帝釈日天月天四大天王、天照大神八幡大菩薩日本国内大小の神祇、一乗擁護の諸天善神等、殊には南無末法有縁の大導師主師親三徳高祖日蓮大菩薩摩訶薩宗門如法弘通の先師先哲に申して曰く。抑われら「呪殺祈祷僧団」とは、一九七〇年九月七日、丸山照雄、梅原正紀、松下隆洪師ら僧俗八人によって結成されし「公害企業主呪殺祈祷僧団」の命題を引き継ぐものなり。「呪殺」とは、国家・企業によって殺されし死者の裁きを代行し、死者の声を祈祷により代弁するものなり。

 

一九六九年四月末、医療過誤と人命蔑視により妻を喪った歴史学者上原専録は、妻への回向を通し妻の常在を実感するに至った。「死者との共闘」の端緒である。そして、死者と共に生きるという実感は、「日本の社会生活の実際」の酷薄な現実を引き出し、さらに死者を拒絶する生者だけの社会を否定し、妻の死以前は観念的問題でしかなかったはずの「虐殺の犠牲者たち」がいきいきと立ち現れて来るに至るのである。

「アウシュビッツで、アルジェリアで、ソンミで虐殺された人たち、その前に日本人が東京で虐殺した朝鮮人、南京で虐殺した中国人、またアメリカ人が東京大空襲で、広島・長崎の原爆で虐殺した日本人、それらはことごとく審判者の席についているではないか。そのような死者たちとの、幾層にもいりくんだ構造における共闘なしには、執拗で頑強なこの 世の政治悪・社会悪の超克は多分不可能であるだろう。」

 

この一文「死者が裁く」が「朝日新聞」に書かれたのは、告別式を修してから十一ヶ月後の一九七〇年三月になってからであった。そしてこう宣揚し、「死者にたいする真実の回向」を説く。それは、生者である私たちが「死者のメディア」になって、この世界で「審判の実」をあげてゆくことにしかない。

老歴史学者の夫人への切々たる「回向」行は、アウシュビッツ、アルジェリア、ソンミ村、関東大震、南京事件、東京大空襲、広島長崎における虐殺者を被告人席に立たせ、虐殺された数百万の審判者(死者)たちと共闘によって頑強な政治・社会悪と対峙してゆく姿勢を明確にしてゆくのである。

かくして、愛するものの不慮の死から発した「死者との共闘」は、世界史的規模をもって、死者を内包しつつ 、過去現在未来の存在の時空を駆けめぐるのである。

 

一九〇六、明治三十九年九月、能登高浜の貧しい漁村に生まれ苦学。関東大震災、治安維持法の時代を生き、生涯を戦い抜いた歌人坪野哲久は、こう言った。

「残忍で強欲で、流血を嗜むこと猛獣よりも甚だしい。われわれの世界は、このような人間どもの集団であり、社会であり、歴史でもあるのだ。更に支配する者と支配される者。強大国と弱小国。人間による人間の搾取と収奪と大量殺戮。そして、ぬけぬけとたけだけしく、正義とか平和とかの美名をかかげている」。

老パルチザン坪野哲久は、一九八八年十一月、昭和尽。自らの死を前にこう歌った。

 

民衆を困しめる奴とめどなく極悪ならば

眉間を撃つぞ

 

一九六〇年六月十五日、国会構内で扼殺された東大生樺美智子の声が聴こえる。

 

でも私は

いつまでも笑わないだろう

いつまでも笑えないだろう

それでいいのだ

 

ただ許されるものなら

最後に

人知れず ほほえみたいものだ

 

言葉は生きている。言葉には魂が宿っている。二十二歳の樺美智子は死んではいない、新生日本を見つめ、この悪しき地上にあって戦うことをいまもやめない。われわれ呪殺祈祷僧団に集う僧俗は、高らかに死者と連帯し、死者と共闘する。

 

昨二〇一五年九月、憤死するまでを戦い続けた老写真家の必死の声に耳を傾けよう。

「この国はすでに三権分立さえも危うくなったように思う。戦後五十年間、自民党政権は改正手続きも民意もとらないまま、憲法を拡大解釈し自衛隊を保有し」「自衛隊の海外派兵までも合憲とさせた」。「侵略戦争の果てに国際連盟と戦い、三二〇万の国民が殺され、全国の都市がほとんど焦土になり、一〇〇万人の子どもが親と家を失つて戦争孤児となり、すべての国民が飢餓に晒された悲惨な戦争を性懲りもなく繰り返すつもりか。」

写真家福島菊次郎、一九二一、大正十年三月、山口に生まれ、国家が見捨てた戦災孤児や被爆者の悲しみを撮り続け、上京後は三里塚闘争、ベトナム反戦、全共闘、自衛隊と兵器産業、公害、福祉、環境問題など執拗に歴史と国家の悪を撮り続けた。

「太平洋戦争における非戦闘員の死者は約一二〇万人で、焼失家屋は二二八万戸といわれるが、そのほとんどは敗戦の昭和二〇年にサイパンを発進した焼夷弾攻撃によるもので、一千万人近くが住居を奪われ戦後の荒廃の中に投げ込まれた」。

あろうことか日本国は、東京大空襲、全国都市への空襲、広島・長崎への原爆投下の大量虐殺を命令実行したカーチス・ルメイ米空軍大将に勲一等旭日大綬章を授与した。東京オリンピックが開催された一九六四年、受賞を決定したのは時の内閣総理大臣佐藤栄作、A級戦犯で六〇年安保を強行採決した岸信介首相の弟である。

その岸信介は、安部首相の祖父であり、佐藤栄作は阿部晋三の大叔父にあたる。

九十三歳を迎えて、写真家福島菊次郎は言った。

「人の生命には限界がありますが、悪しき権力者は孫の代に続いてさらに次の代まで続こうとします」。

けだし至言である。悪しき権力者の、子々孫々への悪しき野望をいますぐに打ち砕かなければならない。

戦後七十年目にあたる昨二〇一五年八月、福島原発事故は顧みられることなく、日本で最も危ない原発の一つ川内原発は稼働を開始した。なかんずく

沖縄県民の平和への願いは無視され、辺野古に基地が作られようとし、戦争法案は平和安全法案という名に偽装それ、ついに参議院で強強行採決されてしまった。

億万の死者たちは、日本人を戦争に巻き込み、国土を死の灰で汚染する者たちを恕しはしないであろう。

 

わたなかを漂流しゆくたましいの悲しみ

ふかく哭きわたるべし

 

「呪殺」とは、「呪い殺す」の意ではない。虐殺された死者たちからの、切羽詰まった伝言であり、叫び声であり、怨嗟をこめた「最後の言葉」に他ならない。彼らの痛苦を代弁する言葉、それが「呪殺」である。

呪殺祈祷僧団に結集したわれら僧俗は、本日只今、憲法遵守を願う人々が集う、此処経産省前テント広場において、死者の願い死者の痛苦を代弁し、再び此処に「呪殺祈祷僧団」を結成する。経に曰く「衆生刧盡きて 大火に焼くかるると見る時も 我が此の土は安穏にして 天人常に充満せり」。至心に供養し奉る戦災戦没・震災原発・公害・刑死殉難横死の諸精霊追善供養証大菩提。「毎に自ら是の念を作す 何を以つてか衆生をして 無上道に入り 速やかに仏身を成就することを得せしめんと」

重ねて祈願し奉る「天諸童子 以為給使 刀杖不加 毒不能害」「諸余怨敵 皆悉摧滅」「受持法華名者福不可量」

慎み敬ってこれを申す。南無妙法蓮華経

 

二〇一五年八月二十七日

再建呪殺祈祷僧団

《2016年 3月11日》

修理中、近日中にアップします。

《2016年 4月18日》

《2016年4月18日呪殺祈祷会 表白文》

仏滅後二千二百余年が間、一閻浮提未曾有の大曼陀羅。南無久遠実成大恩教主釈迦牟尼世尊、證明法華の多宝如来、十方分身三世諸仏、南無本化上行無辺行浄行安立行等の本化地湧の諸大菩薩、梵天帝釈日天月天四大天王、天照大神八幡大菩薩日本国内大小の神祇、一乗擁護の諸天善神等、殊には南無末法有縁の大導師主師親三徳高祖日蓮大菩薩摩訶薩宗門如法弘通の先師先哲に申して曰く。

抑われら「呪殺祈祷僧団」とは、一九七〇年九月七日、丸山照雄、梅原正紀、松下隆洪師ら僧俗八人によって結成されし「公害企業主呪殺祈祷僧団」の命題を引き継ぐものなり。「呪殺」とは、国家・企業によって殺されし死者の裁きを代行し、死者の声を祈祷により代弁するものなり。

 

一九六九年四月末、医療過誤と人命蔑視により妻を喪った歴史学者上原専録は、妻への回向を通し妻の常在を実感するに至った。「

死者との共闘」の端緒である。そして、死者と共に生きるという実感は、「日本の社会生活の実際」の酷薄な現実を引き出し、さらに死者を拒絶する生者だけの社会を否定し、妻の死以前は観念的問題でしかなかったはずの「虐殺の犠牲者たち」がいきいきと立ち現れて来るに至るのである。

「アウシュビッツで、アルジェリアで、ソンミで虐殺された人たち、その前に日本人が東京で虐殺した朝鮮人、南京で虐殺した中国人、またアメリカ人が東京大空襲で、広島・長崎の原爆で虐殺した日本人、それらはことごとく審判者の席についているではないか。そのような死者たちとの、幾層にもいりくんだ構造における共闘なしには、執拗で頑強なこの 世の政治悪・社会悪の超克は多分不可能であるだろう。」

 

この一文「死者が裁く」が「朝日新聞」に書かれたのは、告別式を修してから十一ヶ月後の一九七〇年三月になってからであった。そしてこう宣揚し、「死者にたいする真実の回向」を説く。それは、生者である私たちが「死者のメディア」になって、この世界で「審判の実」をあげてゆくことにしかない。

老歴史学者の夫人への切々たる「回向」行は、アウシュビッツ、アルジェリア、ソンミ村、関東大震、南京事件、東京大空襲、広島長崎における虐殺者を被告人席に立たせ、虐殺された数百万の審判者(死者)たちと共闘によって頑強な政治・社会悪と対峙してゆく姿勢を明確にしてゆくのである。

かくして、愛するものの不慮の死から発した「死者との共闘」は、世界史的規模をもって、死者を内包しつつ 、過去現在未来の存在の時空を駆けめぐるのである。

 

一九〇六、明治三十九年九月、能登高浜の貧しい漁村に生まれ苦学。関東大震災、治安維持法の時代を生き、生涯を戦い抜いた歌人坪野哲久は、こう言った。

「残忍で強欲で、流血を嗜むこと猛獣よりも甚だしい。われわれの世界は、このような人間どもの集団であり、社会であり、歴史でもあるのだ。更に支配する者と支配される者。強大国と弱小国。人間による人間の搾取と収奪と大量殺戮。そして、ぬけぬけとたけだけしく、正義とか平和とかの美名をかかげている」。

老パルチザン坪野哲久は、一九八八年十一月、昭和尽。自らの死を前にこう歌った。

 

民衆を困しめる奴とめどなく極悪ならば

眉間を撃つぞ

 

一九六〇年六月十五日、国会構内で扼殺された東大生樺美智子の声が聴こえる。

 

でも私は

いつまでも笑わないだろう

いつまでも笑えないだろう

それでいいのだ

 

ただ許されるものなら

最後に

人知れず ほほえみたいものだ

 

言葉は生きている。言葉には魂が宿っている。二十二歳の樺美智子は死んではいない、新生日本を見つめ、この悪しき地上にあって戦うことをいまもやめない。われわれ呪殺祈祷僧団に集う僧俗は、高らかに死者と連帯し、死者と共闘する。

 

昨二〇一五年九月、憤死するまでを戦い続けた老写真家の必死の声に耳を傾けよう。

「この国はすでに三権分立さえも危うくなったように思う。戦後五十年間、自民党政権は改正手続きも民意もとらないまま、憲法を拡大解釈し自衛隊を保有し」「自衛隊の海外派兵までも合憲とさせた」。「侵略戦争の果てに国際連盟と戦い、三二〇万の国民が殺され、全国の都市がほとんど焦土になり、一〇〇万人の子どもが親と家を失つて戦争孤児となり、すべての国民が飢餓に晒された悲惨な戦争を性懲りもなく繰り返すつもりか。」

写真家福島菊次郎、一九二一、大正十年三月、山口に生まれ、国家が見捨てた戦災孤児や被爆者の悲しみを撮り続け、上京後は三里塚闘争、ベトナム反戦、全共闘、自衛隊と兵器産業、公害、福祉、環境問題など執拗に歴史と国家の悪を撮り続けた。

「太平洋戦争における非戦闘員の死者は約一二〇万人で、焼失家屋は二二八万戸といわれるが、そのほとんどは敗戦の昭和二〇年にサイパンを発進した焼夷弾攻撃によるもので、一千万人近くが住居を奪われ戦後の荒廃の中に投げ込まれた」。

あろうことか日本国は、東京大空襲、全国都市への空襲、広島・長崎への原爆投下の大量虐殺を命令実行したカーチス・ルメイ米空軍大将に勲一等旭日大綬章を授与した。東京オリンピックが開催された一九六四年、受賞を決定したのは時の内閣総理大臣佐藤栄作、A級戦犯で六〇年安保を強行採決した岸信介首相の弟である。

その岸信介は、安部首相の祖父であり、佐藤栄作は阿部晋三の大叔父にあたる。

九十三歳を迎えて、写真家福島菊次郎は言った。

「人の生命には限界がありますが、悪しき権力者は孫の代に続いてさらに次の代まで続こうとします」。

けだし至言である。悪しき権力者の、子々孫々への悪しき野望をいますぐに打ち砕かなければならない。

戦後七十年目にあたる昨二〇一五年八月、福島原発事故は顧みられることなく、日本で最も危険な原発、川内原発は稼働を開始した。さらには沖縄県民の総意は無視され、辺野古への米軍基地移設工事の魔手は着工に及ぼうとし、なかんずく「戦争法案」は「平和安全法案」という名に偽装それ昨年九月、成立におよび、本年三月二十九日、ついに施行されるに至ってしまった。結果、駆けつけ警護をふくむ集団的自衛権の行使のみならず、自衛隊による他国軍の後方支援も可能となったのである。

憲法を踏み躙ってはならない。再び戦争を起こしてはならない。若き自衛隊員を、大義なき戦場に赴かせ、戦死させてはならない。人を殺させてはならない。

億万の死者たちは、日本人を戦争に巻き込み、国土を死の灰で汚染する者たちを恕しはしないであろう。

 

わたなかを漂流しゆくたましいの悲しみ

ふかく哭きわたるべし

 

「呪殺」とは、「呪い殺す」の意ではない。虐殺された死者が発する、切羽詰まった叫び声であり、怨嗟をこめた「最後の言葉」に他ならない。彼らの痛苦を代弁する言葉、それが「呪殺」である。

呪殺祈祷僧団に結集したわれら僧俗は、本日只今、原発反対、憲法遵守を願う人々が集う、此処経産省前テント広場において、死者の願い死者の痛苦を代弁し、此処に「鎮魂 死者が裁く」の法会を奉修する。

経に曰く「衆生刧盡きて 大火に焼くかるると見る時も 我が此の土は安穏にして 天人常に充満せり」。「立正安国論」に示して曰く「汝早信仰の寸心を改めて速に実乗の一善に帰せよ。然れば則三界は皆仏国也。仏国其衰んや。十方は悉く宝土也。宝土何ぞ壊れん哉。国に衰微無く土に破壊無んば身は是安全にして心は是禅定ならん。此詞此言信ず可く崇む可し。」

至心に供養し奉る戦災戦没・震災原発・公害・刑死殉難横死の諸精霊追善供養証大菩提。「毎に自ら是の念を作す 何を以つてか衆生をして 無上道に入り 速やかに仏身を成就することを得せしめんと」

重ねて祈願し奉る「天諸童子 以為給使 刀杖不加 毒不能害」「諸余怨敵 皆悉摧滅」「受持法華名者福不可量」

慎み敬ってこれを申す。南無妙法蓮華経

 

二〇一六年四月十八日

呪殺祈祷僧団四十七士

《2016年 5月12日》

《2016年5月12日呪殺祈祷会 表白文》

南無開迹顕本本門の本尊本門の戒壇本門の題目三大秘法総在本門八品上行所伝本因下種信行観心の南無妙法蓮華経。南無久遠実成大恩教主釈迦牟尼世尊、證明法華の多宝如来、十方分身三世諸仏、南無本化上行無辺行浄行安立行等の本化地湧の諸大菩薩、梵天帝釈日天月天四大天王、天照大神八幡大菩薩日本国内大小の神祇、一乗擁護の諸天善神等、殊には南無末法有縁の大導師主師親三徳高祖日蓮大菩薩摩訶薩宗門如法弘通の先師先哲に申して曰く。

抑われら「呪殺祈祷僧団」とは、一九七〇年九月七日、丸山照雄、梅原正紀、松下隆洪師ら僧俗八人によって結成されし「公害企業主呪殺祈祷僧団」の命題を引き継ぐものなり。「呪殺」とは、国家・企業によって殺されし死者の裁きを代行し、死者の声を祈祷により代弁するものなり。

 

一九四五年四月一日、沖縄本島に上陸した六万の米軍は、読谷・嘉手納飛行場を占領、更に宜野湾の豊かな水と光に恵まれた集落、耕作地の上に巨大な滑走路の建設を開始した。普天間基地の濫觴である。

沖縄戦争は、国体護持、日本本土のための「捨て石」として強制され、六月終結するまで県民の実に四分の一が、米軍の苛烈な攻撃と、日本軍の命令による集団自決などで死んでいった。

沖縄戦の戦没者は一八、八〇三六名と記録され、県民の数は一二、二〇〇〇人といわれている。普天間飛行場、沖縄のすべての基地は、銃剣とブルドーザーによって奪い取られた。米軍は沖縄戦で地元住民を収容所に押し込め、その間に基地建設を強行、住民は基地の周りに追い出され、やむなくそこに居住するようになったのである。基地を生活の糧とするために移り住んだのでは、断固ない。また、ハーグ陸戦条約は戦争中の民間地奪取を禁止している。民間集落である普天間の基地建設は、あきらかに国際法違反である。

 

日米安保条約が調印されたのは、一九五一(昭和二十六)年九月八日。この日、サンフランシスコ講和条約が調印され、翌五二年四月二十八日発効と同時に、沖縄は日本本土から分離された。日本政府はこともあろうに、日本本土決戦の「捨て石」としての地上戦を戦わせ県民に多大な犠牲を強いた沖縄を、本土占領終結と引き換えに、沖縄の施政権を米国に譲り渡したのである。四月二十八日は沖縄県民にとって、永遠に「屈辱の日」となたのである。

日米安保条約は、日本の安全のための条約ではない。一九六五年、米国の北ベトナム爆撃によって始まったベトナム戦争では、沖縄の海兵隊が大量にベトナムに送り込まれ、嘉手納基地からは戦略爆撃機B52がベトナムへ渡洋爆撃を繰り返した。沖縄の基地は、最前線基地として兵站、通信、訓練、哨戒などの機能を発揮した。沖縄なしに米国はベトナム戦争を遂行できなかったであろう。

一九七二年五月十五日、沖縄は戦後二十七年もの歳月を経て漸く本土への復帰を果たした。しかし、米軍は復帰後も沖縄から撤退せず、日本政府が喧伝した「本土並み返還」は、安保条約・地位協定の本土並み適用にすぎなかった。沖縄は再び「屈辱の日」を迎えたのである。

一九八〇年代に入ると沖縄は、米国の中東政策の基地とされ那覇軍港に、戦車、装甲車、自走砲などの装備補修点検のため軍艦が入港。

沖縄を基軸として着々と、湾岸戦争への準備はなされていったのである。

 

米国が日米安保政策にこだわる理由は、実にアジア・太平洋地域でのアメリカの国益を守るために他ならない。であるならなぜに、日本は施設整備費、基地従業員の労務費、光熱費に至るまで、駐留軍経費の七割をもの軍事費を「おもいやり予算」の名目の下、負担しなければならないのか。

日米安保締結時、米国が言った「極東」の平和のためにというはテーゼは、「アジア・太平洋地域」に拡大され、ついには「中近東」にまで広がりをもつようなってしまった。沖縄を世界戦略の基地とし、世界中の無辜の人

々を敵に回してはなららない。繰り返し言う。沖縄の海兵隊は日本防衛のために駐留しているのではない。

なぜに日本全土の〇・六パーセントの陸地面積しかもたな沖縄に、七四パーセントもの在日米軍基地が存在するのだ。一八七九(明治十二)年、琉球処分から数えること一三七年、日本政府の差別政策は、米国を介在させ更になお一層つよまっている。辺野古に近代装備を完備させた巨大な新基地を建設することによって、沖縄の基地負担はさらに高まることは言を俟つまでもない。

沖縄米軍基地は、沖縄本島総面積の実に一八・四パーセントを占め、そのほとんどが北部に集中し、沖縄の交通体系、産業振興、土地利用に多大な束縛を与えてきた。

思い起こしてみよう、日本の独立と引き換えに続いた米国統治下での少女暴行事件を始めとするさまざまな人権侵害を、さらには復帰後の過重な基地負担と抑圧を。そして、沖縄に基地を押しつけ平然としているわれわれ本土の「人ごと論理」を糾弾しよう。

国際法に違反して造られた米軍普天間基地は、ただちに閉鎖撤去しなければならない。そのためには断固、辺野古に基地を造らせてはならない。平和の名に偽装された安保法制を粉砕せよ。若き自衛隊員を戦地にやってはならない。若き自衛隊員を戦死させてはならない。若き自衛隊員に人を殺させてはならない。

 

東北地方大震災五周年を迎えた今年三月十一日、死者・不明・関連死者は二一、八六五人にも達し、東京電力福島第一原発事故避難者はいまだ九九、〇〇〇人、しかも原発関連死者は一、三六八人を数えるに至ってしまった。然るに大津地裁が下した高浜原発停止命令の仮処分を無視した安倍首相は、「再稼働を進めるのが政府の一貫した方針であ」ると、明言した。熊本大震災の自然の猛威と被災した人々の悲惨に目を向けよ。熊本大地震震源地と「川内原発」との直線距離はわずかに一一二キロにすぎない。川内原発稼働を直ちに停止せよ。

 

広島、長崎、沖縄、そして本土空襲で焼き殺された人々、東北大震災、原発関連事故死者、億万の死者たちは、日本人を再び戦争に巻き込み、国土を死の灰で汚染する政官財の悪しき者たちを恕しはしないであろう。

呪殺祈祷僧団四十七士に集結したわれら僧俗は、沖縄本土復帰四十四年の屈辱の五月、此処経産省前テント広場において、死者の願い死者の痛苦を代弁し、世界平和を祈念し、死者と共闘する回向祈祷法要を謹んで奉修する。

本日五月十二日は、はからずも宗祖日蓮大聖人伊豆法難会なり。いまを去る七百五十五年、弘長元年一二六一年。国の乱れを糺し塗炭の苦しみに喘ぐ人民救済のため敢然と「立正安国論」をもって国家諫暁を果たした日蓮は、伊豆伊東配流の身となったのである。

経に曰く「衆生刧盡きて 大火に焼くかるると見る時も 我が此の土は安穏にして 天人常に充満せり」。至心に供養し奉る戦災戦没・震災原発・公害・刑死殉難横死の諸精霊追善供養証大菩提。「毎に自ら是の念を作す 何を以つてか衆生をして 無上道に入り 速やかに仏身を成就することを得せしめんと」

重ねて祈願し奉る「天諸童子 以為給使 刀杖不加 毒不能害」「諸余怨敵 皆悉摧滅」「受持法華名者福不可量」

慎み敬ってこれを申す。南無妙法蓮華経

 

 

二〇一六年五月十二日伊豆法難会の聖日

再建呪殺祈祷僧団四十七士

《2016年 6月16日》

《2016年6月16日呪殺祈祷会 表白文》

南無開迹顕本本門の本尊本門の戒壇本門の題目三大秘法総在本門八品上行所伝本因下種信行観心の南無妙法蓮華経。南無久遠実成大恩教主釈迦牟尼世尊、證明法華の多宝如来、十方分身三世諸仏、南無本化上行無辺行浄行安立行等の本化地湧の諸大菩薩、梵天帝釈日天月天四大天王、天照大神八幡大菩薩日本国内大小の神祇、一乗擁護の諸天善神等、殊には南無末法有縁の大導師主師親三徳高祖日蓮大菩薩摩訶薩宗門如法弘通の先師先哲に申して曰く。

抑われら「呪殺祈祷僧団」とは、一九七〇年九月七日、丸山照雄、梅原正紀、松下隆洪師ら僧俗八人によって結成されし「公害企業主呪殺祈祷僧団」の命題を引き継ぐものなり。「呪殺」とは、国家・企業によって殺されし死者の裁きを代行し、死者の声を祈祷により代弁するものなり。

 

「ゼミへゆく」と微笑み母に告げしまま

六月十五日帰らず永久(とわ)に

 

東大文学部国史学科四年生二十二歳、一九六〇年六月十五日、日米安全保障条約改定反対の抗議デモに参加、国会構内で扼殺された東大生樺美智子の声が聴こえる。

 

でも私は

いつまでも笑わないだろう

いつまでも笑えないだろう

それでいいのだ

 

ただ許されるものなら

最後に

人知れず ほほえみたいものだ

 

国会構内に突入、頭部を負傷。敗北死した学生歌人岸上大作の声が聞こえる。

 

父が戦死して以来、ぼくの家庭は極度の貧困であったため、ぼくは少年時代から、社会主義の正しいことを、否!社会主義が正しいかどうかではなくて社会主義しかないことを、自分の肌で感じてって来た。…………

 

血と雨にワイシャツ濡れている無援ひと

りへの愛うつくしくする

 

今度はこんなにもぶざに死ななければならない。酔っぱらって泣くなんて美しいことができるか。安保闘争に参加し、歌を書き、レーニンを読んだ。ぼくは恋と革命のために生きるんだ!とおもった。

 

眼鏡はキレイに拭いておこう。……君らはすこやかにねむらなければならない。君らは健康に生きなければならない。

 

 

言葉は生きている。言葉には魂が宿っている。二十二歳の樺美智子も二十一歳の岸上大作も死んではいない、新生日本を見つめ、この悪しき地上にあって戦うことをいまもやめない。われわれ呪殺祈祷僧団に集う僧俗は、高らかに死者と連帯し、死者と共闘する。

 

一九四五年四月一日、沖縄本島に上陸した六万の米軍は、読谷・嘉手納飛行場を占領、更に宜野湾の豊かな水と光に恵まれた集落、耕作地の上に巨大な滑走路の建設を開始した。普天間基地の濫觴である。

沖縄戦争は、国体護持、日本本土のための「捨て石」として強制され、六月終結するまで県民の実に四分の一が、米軍の苛烈な攻撃と、日本軍の命令による集団自決などで死んでいった。

沖縄戦の戦没者は一八八、〇三六名と記録され、県民の数は一二二、〇〇〇人といわれている。普天間飛行場、沖縄のすべての基地は、銃剣とブルドーザーによって奪い取られた。米軍は沖縄戦で地元住民を収容所に押し込め、その間に基地建設を強行、住民は基地の周りに追い出され、やむなく基地周辺に居住ぜるをえなかったのである。基地を生活の糧とするために移り住んだのでは、断固ない。また、ハーグ陸戦条約は戦争中の民間地奪取を禁止している。民間集落である普天間の基地建設は、あきらかに国際法違反である。

 

日米安保条約が調印されたのは、一九五一(昭和二十六)年九月八日。この日、サンフランシスコ講和条約が調印され、翌五二年四月二十八日発効と同時に、沖縄は日本本土から分離された。日本政府はこともあろうに、日本本土決戦の「捨て石」としての地上戦を戦わせ県民に多大な犠牲を強いた沖縄を、本土占領終結と引き換えに、沖縄の施政権を米国に譲り渡したのである。四月二十八日は沖縄県民にとって、永遠に「屈辱の日」となったのである。

一九七二年五月十五日、沖縄は戦後二十七年もの歳月を経て漸く本土への復帰を果たした。しかし、米軍は復帰後も沖縄から撤退せず、日本政府が喧伝した「本土並み返還」は、安保条約・地位協定の本土並み適用にすぎなかった。沖縄は再び「屈辱の日」を迎えたのである。

一九八〇年代に入ると沖縄は、米国の中東政策の基地とされ那覇軍港に、戦車、装甲車、自走砲などの装備補修点検のため軍艦が入港。沖縄を基軸として着々と、湾岸戦争への準備はなされていったのである。

 

米国が日米安保政策にこだわる理由は、実にアジア・太平洋地域でのアメリカの国益を守るために他ならない。であるならなぜに、日本は施設整備費、基地従業員の労務費、光熱費に至るまで、駐留軍経費の七割をもの軍事費を「おもいやり予算」の名目の下、負担しなければならないのか。

日米安保締結時、米国が言った「極東」の平和のためにというはテーゼは、「アジア・太平洋地域」に拡大され、ついには「中近東

」にまで広がりをもつようなってしまった。沖縄を世界戦略の基地とし、世界中の無辜の人々を敵に回してはなららない。繰り返し言う。沖縄の海兵隊は日本防衛のために駐留しているのではない。

なぜに日本全土の〇・六パーセントの陸地面積しかもたな沖縄に、七四パーセントもの在日米軍基地が存在するのだ。一八七九(明治十二)年、琉球処分から数えること一三七年、日本政府の差別政策は、米国を介在させ更になお一層つよまっている。辺野古に近代装備を完備させた巨大な新基地を建設することによって、沖縄の基地負担はさらに高まることは言を俟つまでもない。

思い起こしてみよう、日本の独立と引き換えに続いた米国統治下での小学生少女暴行事件を始めとする女性暴行陵辱事件は後を絶つことなくすでに数百件に及んだという事実を、殺人に至るさまざまな人権侵害を、さらには過重な基地負担と抑圧を。

こともあろうに沖縄「屈辱の日」本年四月二十八日、元米軍海兵隊米軍軍属によって、希望に胸を膨らませた二十歳の女性が暴行陵辱の末、殺害され、その遺体を遺棄されたのである。沖縄に基地を押しつけている本土の私たちは、なぜこれを嘆き悲しみ、激しい怒に身を震わせようとはしないのだ。まずもって本土の「人ごと論理」を糾弾せよ! オリンピックを隠蓑とした東京都知事舛添要一の犯罪もこの事と無関係ではない。米軍沖縄基地撤去なしに、東京オリンピックなど断固あってはならない。

 

繰り返し報告し奉る。国際法に違反して造られた米軍普天間基地は、ただちに閉鎖撤去しなければならない。そのためには断固、辺野古に基地を造らせてはならない。平和の名に偽装された安保法制を粉砕せよ。若き自衛隊員を戦地にやってはならない。若き自衛隊員を戦死させてはならない。若き自衛隊員に人を殺させてはならない。

 

東北地方大震災五周年を迎えた今年三月十一日、死者・不明・関連死者は二一、八六五人にも達し、東京電力福島第一原発事故避難者はいまだ九九、〇〇〇人、しかも原発関連死者は一、三六八人を数えるに至ってしまった。然るに大津地裁が下した高浜原発停止命令の仮処分を無視した安倍首相は、「再稼働を進めるのが政府の一貫した方針であ」ると、明言した。熊本大震災の自然の猛威と被災した人々の悲惨に目を向けよ。熊本大地震震源地と「川内原発」との直線距離はわずかに一一二キロにすぎない。川内原発稼働を直ちに停止せよ。

 

広島、長崎、沖縄、そして本土空襲で焼き殺された人々、東北大震災、原発関連事故死者、億万の死者たちは、日本人を再び戦争に巻き込み、国土を死の灰で汚染する政官財の悪しき者たちを恕しはしないであろう。

 

みな貧しく一途に激しゆきしかな岸上大

作 樺美智子よ

 

呪殺祈祷僧団四十七士に集結したわれら僧俗は、六〇年安保闘争五十六周年の六月、此処経産省前テント広場において、死者の願い死者の痛苦を代弁し、世界平和を祈念し、死者と共闘する回向祈祷法要を謹んで奉修する

。安保闘争の若き戦死者樺美智子五十七回忌追善供養証大菩提。爾来五十六年、反戦平和闘争で死んでいった山崎博昭ら、若き無名戦士たちよ!そして、無残に死んでいった「内ゲバ」の戦死者たちよ!

 

経に曰く「衆生刧盡きて 大火に焼くかるると見る時も 我が此の土は安穏にして 天人常に充満せり」。至心に供養し奉る戦災戦没・震災原発・公害・刑死殉難横死の諸精霊追善供養証大菩提。「毎に自ら是の念を作す 何を以つてか衆生をして 無上道に入り 速やかに仏身を成就することを得せしめんと」

重ねて祈願し奉る「天諸童子 以為給使 刀杖不加 毒不能害」「諸余怨敵 皆悉摧滅」「受持法華名者福不可量」

慎み敬ってこれを申す。南無妙法蓮華経

 

 

二〇一六年六月十六日

再建呪殺祈祷僧団四十七士

《2016年 7月26日》

《2016年7月26日呪殺祈祷会 表白文》

南無開迹顕本本門の本尊本門の戒壇本門の題目三大秘法総在本門八品上行所伝本因下種信行観心の南無妙法蓮華経。南無久遠実成大恩教主釈迦牟尼世尊、證明法華の多宝如来、十方分身三世諸仏、南無本化上行無辺行浄行安立行等の本化地湧の諸大菩薩、梵天帝釈日天月天四大天王、天照大神八幡大菩薩日本国内大小の神祇、一乗擁護の諸天善神等、殊には南無末法有縁の大導師主師親三徳高祖日蓮大菩薩摩訶薩宗門如法弘通の先師先哲に申して曰く。

抑われら「呪殺祈祷僧団」とは、一九七〇年九月七日、丸山照雄、梅原正紀、松下隆洪師ら僧俗八人によって結成されし「公害企業主呪殺祈祷僧団」の命題を引き継ぐものなり。「呪殺」とは、国家・企業によって殺されし死者の裁きを代行し、死者の声を祈祷により代弁するものなり。

 

参議院選を終えるや強硬姿勢に転じた阿部自民公明党政府は、沖縄県民の参議院選での民意を踏み躙り、翁長雄志知事が辺野古埋立承認取消しの是正指示に従わないのは違法だとし、沖縄県を相手取り地方自治法に基づく違法確認を求める訴訟を、福岡高裁那覇支部に提訴、同時に国内最大の米軍専用施設「北部訓練場」にオスプレイ専用基地・北部ヘリパッド工事に着工した。

 

一九四五年四月一日、沖縄本島に上陸した六万の米軍は、読谷・嘉手納飛行場を占領、更に宜野湾の豊かな水と光に恵まれた集落、耕作地の上に巨大な滑走路の建設を開始した。普天間基地の濫觴である。

沖縄戦争は、国体護持、日本本土のための「捨て石」として強制され、六月終結するまで県民の実に四分の一が、米軍の苛烈な攻撃と、日本軍の命令による集団自決などで死んでいった。

沖縄戦の戦没者は一八八、〇三六名と記録され、そのうち県民の死者数は一二二、〇〇〇人といわれている。普天間飛行場、沖縄のすべての基地は、銃剣とブルドーザーによって奪い取られた。米軍は地元住民を収容所に押し込め、その間に基地建設を強行、住民は基地の周りに追い出され、やむなく基地周辺に居住ぜるをえなかったのである。基地を生活の糧とするために移り住んだのでは、断固ない。また、ハーグ陸戦条約は戦争中の民間地奪取を禁止している。民間集落である普天間の基地建設は、あきらかに国際法違反である。

 

日米安保条約が調印されたのは、一九五一(昭和二十六)年九月八日。この日、サンフランシスコ講和条約が調印され、翌五二年四月二十八日発効と同時に、沖縄は日本本土から分離された。日本政府はこともあろうに、日本本土決戦の「捨て石」としての地上戦を戦わせ県民に多大な犠牲を強いた沖縄を、本土占領終結と引き換えに、沖縄の施政権を米国に譲り渡したのである。四月二十八日は沖縄県民にとって、永遠に「屈辱の日」となったのである。

一九七二年五月十五日、沖縄は戦後二十七年もの歳月を経て漸く本土への復帰を果たした。しかし、米軍は復帰後も沖縄から撤退せず、日本政府が喧伝した「本土並み返還」は、安保条約・地位協定の本土並み適用にすぎなかった。沖縄は再び「屈辱の日」を迎えたのである。

一九八〇年代に入ると沖縄は、米国の中東政策の基地とされ那覇軍港に、戦車、装甲車、自走砲などの装備補修点検のため軍艦が入港。沖縄を基軸として着々と、湾岸戦争への準備はなされていったのである。

 

米国が日米安保政策にこだわる理由は、実にアジア・太平洋地域でのアメリカの国益を守るために他ならない。であるならなぜに、日本は施設整備費、基地従業員の労務費、光熱費に至るまで、駐留軍経費の七割をもの軍事費を「おもいやり予算」の名目の下、負担しなければならないのか。

日米安保締結時、米国が言った「極東」の平和のためにというはテーゼは、「アジア・太平洋地域」に拡大され、ついには「中近東

」にまで広がりをもつようなってしまった。沖縄を世界戦略の基地とし、世界中の無辜の人々を敵に回してはなららない。繰り返し言う。沖縄の海兵隊は日本防衛のために駐留しているのではない。

なぜに日本全土の〇・六パーセントの陸地面積しかもたな沖縄に、七四パーセントもの在日米軍基地が存在するのだ。一八七九(明治十二)年、琉球処分から数えること一三七年、日本政府の差別政策は、米国を介在させ更になお一層つよまっている。辺野古に近代最新装備を完備させた巨大な新基地を、建設することによって、沖縄の基地負担はさらに高まることは言を俟つまでもない。新基地を日本人民の血税によって建設することによって、日本は、世界中人々の憎しみを受けることとなる。

 

思い起こしてみよう、日本の独立と引き換えに続いた米国統治下での小学生少女暴行事件を始めとする女性暴行陵辱事件は後を絶つことなくすでに数百件に及んだという事実を、殺人に至るさまざまな人権侵害を、さらには過重な基地負担と抑圧を。

こともあろうに沖縄「屈辱の日」である本年四月二十八日、元米軍海兵隊米軍軍属によって、希望に胸を膨らませた二十歳の女性が暴行陵辱の末、殺害され、その遺体を遺棄されたのである。沖縄に基地を押しつけている本土の私たちは、なぜこれを嘆き悲しみ、激しい怒に身を震わせようとはしないのだ。まずもって本土の人間である私たちの「人ごと論理」を糾弾せよ!

 

繰り返し報告し奉る。国際法に違反して造られた米軍普天間基地は、ただちに閉鎖撤去しなければならない。そのためには断固、辺野古に基地を造らせてはならない。平和の名に偽装された安保法制を粉砕せよ。若き自衛隊員を戦地にやってはならない。若き自衛隊員を戦死させてはならない。若き自衛隊員に人を殺させてはならない。

 

東北地方大震災五周年を迎えた今年三月十一日、死者・不明・関連死者は二一、八六五人にも達し、東京電力福島第一原発事故避難者はいまだ九九、〇〇〇人、しかも原発関連死者は一、三六八人を数えるに至ってしまった。然るに大津地裁が下した高浜原発停止命令の仮処分を無視した安倍首相は、「再稼働を進めるのが政府の一貫した方針であ」ると、明言した。熊本大震災の自然の猛威と被災した人々の悲惨に目を向けよ。熊本大地震震源地と「川内原発」との直線距離はわずかに一一二キロにすぎない。川内原発稼働を直ちに停止せよ。熊本大地震に連動する「中央構造線」に近い、四国電力伊方原発三号機の再稼働を許すな。

 

広島、長崎、沖縄、そして本土空襲で焼き殺された人々、東北大震災、原発関連事故死者、億万の死者たちは、日本人を再び戦争に巻き込み、国土を死の灰で汚染する政官財の悪しき者たちを恕しはしないであろう。

 

呪殺祈祷僧団四十七士に集結したわれら僧俗は、此処経産省前テント広場において、宗祖日蓮大聖人「立正安国論」献呈七五六年の七月、死者の願い死者の痛苦を代弁し、世界平和を祈念し、死者と共闘する回向祈祷法要を謹んで奉修する。

「旅客来りて嘆いて曰く近年より近日に至るまで天変地夭・飢饉疫癘・遍く天下に満ち広く地上に迸る牛馬巷に斃れ骸骨路に充てり死を招くの輩既に大半に超え悲まざるの族敢て一人も無し」。乃至「汝早信仰の寸心を改めて速に実乗の一善に帰せよ。然れば則三界は皆仏国也。仏国其衰んや。十方は悉く宝土也。宝土何ぞ壊れん哉。国に衰微無く土に破壊無んば身は是安全にして心は是禅定ならん。此詞此言信ず可く崇む可し。」

経に曰く「衆生刧盡きて 大火に焼くかるると見る時も 我が此の土は安穏にして 天人常に充満せり」。至心に供養し奉る戦災戦没・震災原発・公害・刑死殉難横死の諸精霊追善供養証大菩提。「毎に自ら是の念を作す 何を以つてか衆生をして無上道に入り速やかに仏身を成就することを得せしめんと」

重ねて祈願し奉る「天諸童子 以為給使 刀杖不加 毒不能害」「諸余怨敵 皆悉摧滅」「受持法華名者福不可量」

慎み敬ってこれを申す。南無妙法蓮華経

 

 

二〇一六年七月二十六日

再建呪殺祈祷僧団四十七士

《2016年 8月26日》

《2016年8月26日呪殺祈祷会 表白文》

南無開迹顕本本門の本尊本門の戒壇本門の題目三大秘法総在本門八品上行所伝本因下種信行観心の南無妙法蓮華経。梵天帝釈日天月天四大天王、天照大神八幡大菩薩日本国内大小の神祇、一乗擁護の諸天善神等、殊には南無末法有縁の大導師主師親三徳高祖日蓮大菩薩摩訶薩宗門如法弘通の先師先哲に申して曰く。

 

二十一日未明、東京地裁の決定をかざした国家権力は、反原発の言論を封ずべく、経産省前テント広場に乱入、五年、一七九〇日もの風雪に耐え、再稼働反対を戦い抜いた反原発の象徴的存在であるテント広場を強制撤去した。

東北地方大震災五周年を迎えた今年三月十一日、死者・不明・関連死者は二一、八六五人にも達し、東京電力福島第一原発事故避難者はいまだ九九、〇〇〇人、しかも原発関連死者は一、三六八人を数える。然るに大津地裁が下した高浜原発停止命令の仮処分を無視した安倍首相は、「再稼働を進めるのが政府の一貫した方針であ」ると、明言した。熊本大震災の自然の猛威と被災した人々の悲惨に目を向けよ。熊本大地震震源地と「川内原発」との直線距離はわずかに一一二キロにすぎない。川内原発稼働を直ちに停止せよ。熊本大地震に連動する「中央構造線」に近い、四国電力伊方原発三号機の再稼働を許すな。

 

 

繰り返し報告し奉る。国際法に違反して造られた米軍普天間基地は、ただちに閉鎖撤去しなければならない。そのためには断固、辺野古に基地を造らせてはならない。平和の名に偽装された安保法制を粉砕せよ。若き自衛隊員を戦地にやってはならない。若き自衛隊員を戦死させてはならない。若き自衛隊員に人を殺させてはならない。

 

広島、長崎、沖縄、そして本土空襲で焼き殺された人々、東北大震災、原発関連事故死者、億万の死者たちは、日本人を再び戦争に巻き込み、国土を死の灰で汚染する政官財の悪しき者たちを恕しはしないであろう。

 

呪殺祈祷僧団四十七士に集結したわれら僧俗は、例えテントは撤去されようと、此処経産省前テント広場を道場として、死者の願い死者の痛苦を代弁し、世界平和を祈念し、死者と共闘する回向祈祷法要を謹んで奉修する。

経に曰く「衆生刧盡きて 大火に焼くかるると見る時も 我が此の土は安穏にして 天人常に充満せり」。至心に供養し奉る戦災戦没・震災原発・公害・刑死殉難横死の諸精霊追善供養証大菩提。「毎に自ら是の念を作す 何を以つてか衆生をして無上道に入り速やかに仏身を成就することを得せしめんと」

重ねて祈願し奉る「天諸童子 以為給使 刀杖不加 毒不能害」「諸余怨敵 皆悉摧滅」「受持法華名者福不可量」

慎み敬ってこれを申す。南無妙法蓮華経

 

 

二〇一六年八月二十六日

宗祖日蓮大聖人松葉谷法難七五六年前夜

再建呪殺祈祷僧団四十七士

 

《2016年 9月12日》

《2016年9月12日呪殺祈祷会 表白文》

南無開迹顕本本門の本尊本門の戒壇本門の題目三大秘法総在本門八品上行所伝本因下種信行観心の南無妙法蓮華経。梵天帝釈日天月天四大天王、天照大神八幡大菩薩日本国内大小の神祇、一乗擁護の諸天善神等、殊には南無末法有縁の大導師主師親三徳高祖日蓮大菩薩摩訶薩、本日龍口法難第七三五年の聖日を迎え慎み敬って、申して曰く。

去る八月二十一日未明、東京地裁の決定をかざした国家権力は、反原発の言論を封ずべく、経産省前テント広場に乱入、五年、一七九〇日もの風雪に耐え、再稼働反対を戦い抜いた反原発の象徴的存在であるテント広場を強制撤去した。

東北地方大震災五周年を迎えた今年三月十一日、死者・不明・関連死者は二一、八六五人にも達し、東京電力福島第一原発事故避難者はいまだ九九、〇〇〇人、しかも原発関連死者は一、三六八人を数える。然るに大津地裁が下した高浜原発停止命令の仮処分を無視した安倍首相は、「再稼働を進めるのが政府の一貫した方針であ」ると、明言した。熊本大震災の自然の猛威と被災した人々の悲惨に目を向けよ。熊本大地震震源地と「川内原発

」との直線距離はわずかに一一二キロにすぎない。川内原発稼働を直ちに停止せよ。熊本大地震に連動する「中央構造線」に近い、四国電力伊方原発三号機の再稼働を許すな。

 

 

繰り返し報告し奉る。国際法に違反して造られた米軍普天間基地は、ただちに閉鎖撤去しなければならない。そのためには断固、辺野古に基地を造らせてはならない。平和の名に偽装された安保法制、また東京オリンピック開催に名を借りた「テロ等組織犯罪準備罪」

「共謀罪」国会上程を粉砕せよ。若き自衛隊員を戦地にやってはならない。若き自衛隊員を戦死させてはならない。若き自衛隊員に人を殺させてはならない。

 

広島、長崎、沖縄、そして本土空襲で焼き殺された人々。そして死者行方不明者十四万人に及んだ関東大震災第九十三年の九月。就中、戒厳令下軍隊及警察、日本人民によって虐殺された六千有余人に上る在日朝鮮人、はた大杉栄、伊藤野枝、若き労働組合員等。そして、東北大震災、原発関連事故死者、億万の死者たちは、日本人を再び戦争に巻き込み

、国土を死の灰で汚染する政官財の悪しき者たちを恕しはしないであろう。

 

呪殺祈祷僧団四十七士に集結したわれら僧俗は、例えテントは撤去されようと、此処経産省前テント広場を道場として、死者の願い死者の痛苦を代弁し、世界平和を祈念し、死者と共闘する回向祈祷法要を謹んで奉修する。

宗祖日蓮大聖人御妙判は、「種々御振舞御書」に示して曰わく。

「今夜頸切らにまかる也、この数年が間願ひつる事これ也、此娑婆世界にして雉となりし時は鷹につかまれ鼠となりし時は猫にくらわれき、或は妻(め)に子に敵(かたき)に身を失ひし事大地微塵より多し、法華経の御為には一度(ひとたび)も失ひし事なし、されば日蓮貧道の身と生れて父母の孝養心にたらず国の恩を報ずべき力なし、今度頸を法華経に奉りて其功徳を父母に回向せん、その余りは弟子檀那等にはぶくべしと申せし事此なり」

また曰く「わずかの小島のぬしら(国主)がをどさんを、をぢ(恐)ては閻魔法王のせめ(責)をばいかがすべき」。

経に曰く「衆生刧盡きて 大火に焼くかるると見る時も 我が此の土は安穏にして 天人常に充満せり」。至心に供養し奉る戦災戦没・震災殉難虐殺横死、原発・公害・刑死殉難横死の諸精霊追善供養証大菩提。「毎に自ら是の念を作す 何を以つてか衆生をして無上道に入り速やかに仏身を成就することを得せしめんと」

重ねて祈願し奉る「天諸童子 以為給使

杖不加 毒不能害」「諸余怨敵 皆悉摧滅」「受持法華名者福不可量」

慎み敬ってこれを申す。南無妙法蓮華経

 

宗祖日蓮大聖人龍口法難第七三五年の聖日

二〇一六年九月十二日

再建呪殺祈祷僧団四十七士

 

《2016年 10月13日》

工事中、近日中にアップします