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慎み敬ってここに平成二十八年四月十四日に発生し、その後も熊本県及び大分県の各地に於いて激震やむことのない大地震の犠牲者を悼み、避難生活を余儀無くされた被災者の方々に一刻も早く平穏にして安楽なる日々が訪れんことを祈念し、一心に南無妙法蓮華経と唱え奉り回向し奉る。

願わくは震災犠牲者の諸精霊、仏果増進、追善菩提。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。

日蓮大聖人が法華経と並び深い影響を受けられた涅槃経には、次のように説かれている。

 

如来は苦を受くるも、苦を覚らず。

衆の苦を受くるを見ること、己れの苦の如し。

衆生のために地獄に処(お)るといえども、苦の想および悔ゆる心も生ぜず。

一切衆生の異の苦を受くるは、悉く是れ如来一人の苦なり……。

 

衆生はさまざまな苦しみを受けるものではあるが、そうした衆生の苦しみを仏が衆生に代って、仏の苦しみとして受けとめてゆこうという、これは仏の慈悲を示された経文である。

日蓮大聖人は『諌暁八幡抄』にこう述べておられる。

「涅槃経云、〈一切衆生の異の苦を受くるは、悉く是れ如来一人の苦なり〉等云云。日蓮云、〈「一切衆生の同一の苦は悉く是れ日蓮一人の苦なり」〉と申すべし。」

日蓮大聖人滅後の我等一同もまた、一切衆生が受けている同一の苦しみを、共に受け止めてゆかんと念願する者である。

今回、予期せぬ大地震に見舞われた熊本県は、奇しくも、本年、水俣事件と呼ばれる不知火海沿岸の水俣及び近隣地域に現れた水俣病が公式に発見されたとされる昭和三十一年(一九五六)五月一日より数えて、平成二十八年五月一日でちょうど六十年目に当たる「水俣病公式確認六十年」の年を迎えるのである。

創業者の野口遵(したがう)が水力発電の余剰電力を使って、明治四十一年(一九〇八)に窒素肥料を作る「日本窒素肥料株式会社」を創立し、同社は昭和二十五年(一九五〇)に「新日本窒素肥料株式会社」と、昭和四十年(一九六五)に「チッソ」と社名を変更した。

昭和八年(一九三二)同社による水銀汚染が始まり、やがて、魚が浮き、猫が狂い死にし、カラスや水鳥の落下が目撃され、昭和二十八年(一九五三)末、劇症奇病患者が続発し、昭和三十一年(一九五六)五月一日、水俣病が公式に確認されたのは周知の事であるだろう。

以後、「水俣病」という名称の是非についても様々な意見が展開されているが、いわゆる公式確認より六十年を経てしまった水俣事件は、今日、多くの識者が語るように、東京及び各地への無差別爆撃、広島・長崎の原爆、ビキニ海域水爆実験、東京電力福島第一原子力発電所事故と同様に、現在も止むことなく続いている国家による終わりなき棄民政策を検証するための極めて重要な「負の遺産」である。

すでに故人となられた医師の細川一氏、原田正純氏、科学者の宇井純氏、被害者運動に大きな足跡を残された川本輝夫氏をはじめとする被害者の方々、またいまも活躍をなさっているフォトジャーナリストの桑原史成氏、衆を頼まず己一人の闘いを継続されている漁師の緒方正人氏、そして作家の石牟礼道子氏等、こうした先達が残してくださった膨大な資料や活動記録から、今こそあらためて真摯に学ばなければならないのである。

 

今、ここに、石牟礼道子氏の『苦海浄土』第一部第一章より「死旗」の一節を引いておこう。

「水俣病の死者たちの大部分が、紀元前二世紀末の漢の、まるで戚夫人が受けたと同じ経緯をたどって、いわれなき非業の死を遂げ、生きのこっているではないか。呂太后をもひとつの人格として人間の歴史が記録しているならば、僻村といえども、われわれの風土や、そこに生きる生命の根源に対して加えられた、そしてなお加えられつつある近代産業の所業は、どのような人格としてとらえられなければならないか。独占資本のあくなき搾取のひとつの形態といえば、こと足りてしまうか知れぬが、故郷にいまだ立ち迷っている死霊や生霊の言葉を階級の原語と心得ているわたくしは、わたくしのアミニズムとプレアミニズムを調合して、近代への呪術師とならねばならぬ。」

この激烈な言霊の響きは、まぎれもなく石牟礼道子氏の闘争宣言に他ならないのである。

我等一同もまた、石牟礼道子氏に倣い、わが国の近代のはじまりより現在にいたるまでの夥しい負の遺産を継承し、つねに敗者の視点に立ち、ひたすら死者の裁きを神仏に懇請し祈念する「近代への呪術師とならねばならぬ」だろう。

 

仰ぎ願わくは、南無天下諌暁立正安国の大導師日蓮大聖人に回向し奉る。

正法治国、不邪誑人民、我不愛身命、但惜無上道、如日月光明、能除諸幽冥、斯人行世間、能滅衆生闇。南無妙法蓮華経。

仰ぎ祈らくは、天下太平、国土安穏、万民快楽、この妙利を展転し、広く衆生を利益し給わん事を。南無妙法蓮華経。

我等一同、至心懺悔、無始已来、自他謗法、罪障消滅、道念堅固、信力不退。

願以此功徳、普及於一切、我等与衆生、皆共成仏道。

南無妙法蓮華経。南無妙法蓮華経。

 

維時平成二十八年四月十八日

上杉 清文 合掌